【投資遍歴③】バブル崩壊は他人事だった——「株はあぶない」と、就職氷河期

コラム
columnおじさんの投資遍歴 ③2026年6月29日(月)

前回は、ポケベルやケータイの時代に「稼げますよ」という言葉へ、どうしようもなく弱かった話を書きました。今回は、その僕が長いあいだ抱えていた、もうひとつの強い思い込みの話です。それは——「株は、あぶないものだ」。

思春期は、バブル全盛だった

僕の多感な時期は、ちょうどバブルの全盛期と重なっていました。

テレビをつければ、ジュリアナ東京のお立ち台で扇子を振って踊る人たち。トレンディドラマでは、お洒落な部屋に住み、高級車に乗り、きらびやかなデートを重ねる若者たち。世の中ぜんぶが浮かれていて、お金がどこからともなく湧いてくるように見えました。

子どもだった僕は、それを本気で信じていました。大人になれば、自分もああいう華やかな生活ができるんだ、と。疑う理由なんて、どこにもありませんでした。

崩壊は、正直「他人事」だった

バブルが弾けたのは、ちょうど僕が高校生のころでした。

ただ、正直に言うと——崩壊しても、学生だった僕たちには、あまり関係がありませんでした。そもそもバブルの恩恵を受けていたわけでもないし、生活が大きく変わったわけでもない。「大人たちが、ずいぶん騒いでいるなあ」。それくらいの、他人事だったんです。

不動産が下がった、株価が暴落した、誰かが何億も損をした——そういうニュースは、ぜんぶテレビの中の出来事でした。ただ、ひとつだけ、子ども心に強く残ったことがあります。「株って、何億も損することがあるんだ。……怖いな」。直接の痛みを伴わない、テレビ越しの恐怖。でもそれが、「株はあぶないもの」という思い込みの、最初の芽になりました。

崩壊を自分の身で感じたのは、就職活動だった

バブルの崩壊を、僕が「自分のこと」として初めて思い知ったのは、ずっとあとのこと。就職活動のときでした。世に言う、就職氷河期です。

あれほど華やかで、右肩上がりだったはずの世界。子どもの頃に「いつか自分も」と憧れたあの未来は、いざ自分の番が来たときには、もうどこにも残っていませんでした。会社の門は固く閉ざされ、何社受けても、結果は同じ。あのとき初めて、「ああ、バブルが弾けるって、こういうことだったのか」と、身体で理解しました。

華やかなパーティーは、
僕が会場に着く前に、とっくに終わっていた。

臆病になった。でも、憧れは消えなかった

テレビの中で見た「株で何億も損する怖さ」と、就職活動で味わった「世の中はそんなに甘くない」という現実。このふたつが重なって、僕はお金やリスクに対して、すっかり臆病になりました。

株なんて、とんでもない。あれは金持ちが手を出す危険な遊びで、庶民の自分には一生縁のないもの。汗水たらして働いて、コツコツ貯める。それだけが、唯一の安全な道なんだ、と。

——それでも。

あの頃テレビで見た、きらびやかな世界への憧れは、心のどこかで消えずに残っていました。前回書いた「楽して稼ぎたい」という気持ちと、その憧れは、たぶん同じ根っこから生えていたんだと思います。怖いのに、惹かれてしまう。近づいてはいけないと思いながら、気になって仕方がない。

その矛盾を抱えたまま、僕は社会人になっていきました。そして、その分厚い壁が思いがけない形で崩れるきっかけが、街角でモデムを配っていた、あの時代に訪れます。

次回予告 ④
インターネットとネット証券が「株は金持ちのもの」という常識をひっくり返し、こども部屋のおじさんでも相場に触れられるようになっていく話を書きます。僕の、本当の相場人生のはじまりです。

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