【投資遍歴④】駅前の紙袋と、初めての証券口座 ── パソコン代を株で回収するはずだった

コラム
columnおじさんの投資遍歴 ④2026年7月6日(月)
毎週月曜は、相場もお休みなので、50代のこども部屋おじさんが自分の投資人生をゆっくり振り返るコラムの日です。第4回は、いよいよ僕が投資の世界に足を踏み入れた日の話。きっかけは株の本でも、儲け話でもなく——家電量販店の前で配られていた、Yahoo!BBの紙袋でした。

Windows95のお祭りは、テレビの向こう側だった

1995年、Windows95が発売された夜のことは、よく覚えています。深夜の家電量販店に行列ができて、カウントダウンで箱が売れていく。テレビは連日、お祭り騒ぎでした。

でも正直、僕には関係のない話でした。パソコンを使う仕事ではなかったし、そもそも「パソコンで何をするのか」がまったく想像できない。世間が「これからはITだ、インターネットだ」と騒いでいるのを、僕はまた例によって、テレビの向こう側の出来事として眺めていました。バブルのときと、同じ構図です。熱狂はいつも、僕の少し外側で起きている。

家電量販店の前の、白い紙袋

それから数年経った2000年代のはじめ。街の景色が、少し変わりました。家電量販店の前で、揃いのジャンパーを着た人たちが、白い紙袋を押し付けるように配っている。Yahoo!BBのADSLモデムです。「タダで配る」という前代未聞の商法で、日本中にブロードバンドをばら撒いていたあの光景は、あの時代を知る人なら誰でも覚えているはずです。

あの紙袋の山を見て、僕は生まれて初めて「パソコン、欲しいな」と思いました。

でも、すぐには買えませんでした。理由は単純で、買っても使い道がないんです。インターネットで何ができるのか、いまいち分からない。よく分からないもののために10数万円を出す理由が、当時の僕にはどうしても見つかりませんでした。今思えば健全な金銭感覚です。このあと僕は、その何十倍も「よく分からないもの」にお金を溶かすことになるのですが。

「株で儲ければ、パソコン代はすぐ回収できる」

そんなとき、世間でひとつの話題が広がります。「インターネットで、株の取引が簡単にできるらしい」。手数料の自由化でネット証券が次々に生まれ、雑誌もテレビも「ネット株」を取り上げはじめたころでした。

それを聞いた瞬間、僕の頭の中で、あの計算が成立してしまったんです。

「株で儲ければ、パソコン代なんてすぐ回収できる」
——パソコンが欲しいから、株を始める。順番が、完全に逆だった。

普通は、投資がしたいから道具としてパソコンを買うのでしょう。僕は違いました。パソコンという買い物を正当化するために、株を始めたんです。「株はあぶない」と言われて育った僕が、その「あぶない」ものを、10数万円の出費の言い訳に使った。我ながら、見事な理屈のねじれです。

買ったのはWindows XPのマシン。回線は、皮肉なことにきっかけをくれたYahoo!BBではなく、フレッツADSLにしました。あの紙袋には、結局一度もお世話にならなかったわけです。

イー・トレード証券と、根拠のない大金持ちの夢

回線がつながって、僕はイー・トレード証券(いまのSBI証券です)で口座を開きました。営業マンと話すこともなく、店舗に行くこともなく、こども部屋から、クリックだけで。「あぶない」と言われ続けた株との距離が、モデム一本でいきなりゼロになりました。

そして白状すると——まだ一株も買っていないのに、僕はもう、大金持ちになれると思っていました。口座の開設完了メールを眺めながら、頭の中では、儲けたお金の使い道を考えていた。知識はゼロ。経験もゼロ。あるのは、開いたばかりの口座と、根拠のない自信だけです。

数百円の株と、数千円の儲けと

現実は、静かでした。

お金がないから、買える株が限られる。値段だけを見て、一株数百円の安い株を数銘柄。もちろんそんな選び方で買った銘柄が上がるわけもなく、大半はあっという間に含み損になって、そのまま塩漬け。たまに少し上がった銘柄があれば、怖くなってすぐ売る。手に残るのは、数千円の儲け。

大金持ちは、夢のまた夢でした。パソコン代の回収すら、遠い道のりです。でも当時の僕は、これを「まだ本気を出していないだけ」と思っていました。ちゃんと勉強すれば勝てるはずだ、と。そして手に取った一冊の本が、僕を「分かった気」にさせ、低位株のギャンブルトレードへと本格的にのめり込ませていくことになります。

次回予告:一冊の本で「株が分かった気」になったおじさんは、低位株の売買にのめり込んでいきます。チャートも業績も見ない、値段だけのギャンブル。それでもたまに勝ててしまうのが、いちばんの毒でした。第5回「低位株というギャンブル」、来週月曜の朝に。

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