【投資遍歴7】谷底までの三年間 ── 勝ち組だと思っていた僕が、10万円を切るまで

コラム
おじさんの投資遍歴
Vol.07
2026.07.27
シリーズ最終回

二年続けて、年に二百万円を超える利益が出ました。資産は六百万円近くまで増えていました。八割は負けると言われるこの世界で、僕は勝ち組なんだと思っていました。この先も利益は増え続ける。そう確信していました。
その確信が消えるのに、一日もかかりませんでした。

「勝ち組」だと思っていた

前回書いたとおり、ドル円からランドに切り替えて、僕の口座はよく回るようになりました。レバレッジは最大。それでも勝てる。四年目、五年目と、一年で二百万円を超える利益が出ました。

二年連続です。資産は六百万円近くまで積み上がっていました。

FXは八割の人が負けると、よく言われます。その数字を目にするたび、僕は自分が残りの二割の側にいるのだと思っていました。第六回で「天才だと思った」と書きましたが、あの頃の僕の頭にあったのは、もう少し落ち着いた、それでいてもっと厄介な確信でした。この先も、利益は増え続ける。疑う理由が、どこにも見当たらなかったんです。

朝から、維持率が一〇〇%を切っていた

その日は、朝から様子がおかしかった。

証拠金維持率が一〇〇%を切っていました。ポジションは最大。それも、結構な本数を持っていました。僕は「ランドが十円を切ったら最大に買う」というやり方をしていたので、下がれば下がるほど買い、下がれば下がるほど身動きが取れなくなる形になっていたんです。

数字は、じりじりとロスカットに近づいていきました。画面を見るのが怖い。でも見ないともっと怖い。あの朝の時間の流れ方を、僕はまだ覚えています。

昼前に、全部売った

昼前でした。

このまま下がってロスカットされるのは嫌だ。それなら今ここで自分の手で全部売ってしまったほうが、まだ傷は浅い。そう思いました。損切りというより、自分で終わらせるための決済でした。

全部売りました。

でも、そこが底でした。

昼過ぎから、相場は戻りはじめました。じりじりと、僕が売った値段を追い越していきました。そして夕方には、維持率一〇〇%の水準まで戻っていたんです。

売らなければ、耐えられていた。売らなければ、何も失わずに済んでいた。

残ったのは、数百万円のマイナスでした。

なんであそこで売ったのか。本当に、自己嫌悪に陥りました。相場に負けたのではなく、自分の恐怖に負けて自分で押したボタンだったからです。この種類の後悔は、相場のせいにできないぶん、長く残ります。

そこからは、本当に勝てない

あの日を境に、僕は本当に勝てなくなりました。

今にして思えば、勝てなくなったのではありません。今までが運が良かっただけだったんです。第五回で「たまに勝てるのが毒だ」と書きましたが、僕の場合はその毒を、何年分もまとめて飲んでいたんだと思います。

そして僕には、抜けきらない思い込みがありました。ランドは十円くらいのもの。だから安くなったら買えばいい。何年もその値段で見てきたので、それが当たり前の水準だと信じて疑わなかったんです。

買いました。買い続けました。

八円を切り、七円を切り

けれどランドは、十円には戻りませんでした。

八円を切りました。七円を切りました。何回ロスカットされたのか、正直もう覚えていません。少し戻しては、大きくロスカットされる。その繰り返しでした。

六百万円近くあった資産は、百万円を切る水準まで来ていました。

本当に苦しかった。仕事も手につきませんでした。日中も、夜も、考えるのはトレードのことばかり。今日いくら減ったか、明日どこまで下がるか、あといくら残っているか。最悪の時期でした。

最後に、トルコリラを買った

ランドはもう無理だ。そう思ったとき、僕の目に入ったのがトルコリラでした。

ちょうど十円くらいまで下がっていた頃です。ここまで落ちたなら、これは大きく儲けることができるのではないか——そう思いました。

第二回で、僕は自分のことを「儲け話に弱い」と書きました。何年経っても、そこは何ひとつ変わっていませんでした。追い詰められた人間が、いちばん最後にすがるのは、いちばん都合のいい話なんです。

全力で買いました。結果は、あっけないロスカットでした。

資金は十万円を切りました。そこで僕は引退しました。

借金までは、しなくてよかった

ひとつだけ救いがあったとすれば、追証がなかったことです。

マイナスが預けたお金の範囲で止まったので、借金を背負うところまではいきませんでした。十万円を切った口座と、失った六百万円。それが十数年の答えでした。

それからしばらく、僕はほとんどトレードをしませんでした。画面を開く気力がなかった、というのが正直なところです。

千通貨から、もう一度

それでも僕は、戻ってきました。

ただし、ひとつだけ自分に約束をしました。これ以上、入金はしない。ここから先は、残ったお金の中だけでやる。増やすなら、その中で増やす。

やり方も変えました。シンプルに、低レバレッジでランドを買って、スワップをもらう。それだけです。予想も、勝負も、取り返そうという気持ちも要りません。

最初は千通貨からでした。一日に何円という世界です。かつて一年で二百万円を稼いだ人間が、千通貨で数円のスワップを数えている。笑い話みたいですが、僕にはこれがちょうどよかった。

そこから少しずつ本数を増やして、今に至ります。このブログで毎日書いている数字は、その続きです。

あの日、昼前に全部売った僕は、今でも僕の中にいます。下げが来ると手が止まるのも、本数が欲しくて前のめりになるのも、たぶんあの日から地続きです。消えてはくれません。

だから、ルールを作りました。守れなかったら、ここに白状することにしました。天才でもなければ、勝ち組でもない。ただ、二度とあの朝を繰り返さないための仕組みだけは、持っておきたいんです。

これからも、気持ち穏やかにトレードをしていきたい。

それが、六百万円と十数年を使って、僕がようやく手に入れた願いです。

シリーズ完結

全7回の「おじさんの投資遍歴」は、これで完結です。ポケベルの時代から、バブル、低位株、ミセス・ワタナベ、そして谷底まで。長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。
ここから先の話は、毎日の日次レポートと、日曜の週間まとめで続いています。今日いくら増えて、どのルールを守れて、どこで守れなかったのか。よかったら、そちらも覗いてみてください。

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